ベトナムM&A:二重帳簿への対応方法

ベトナム企業に対するM&Aで必ずと言ってよいほど議論の的となるのが、二重帳簿の存在である。ベトナムでは非公開企業の80%以上が二重帳簿を採用していると言われており、買手である日本企業にとっては適切な対応が求められる。とはいえ、二重帳簿を有する企業をM&A対象から外すというのは、日本企業にとっての選択の幅を大きく狭める結果となり、推奨できない。二重帳簿の存在を認めつつも、企業バリュエーションにどのように反映し、買収後に帳簿を統一させていくべきかを考える必要がある。今回は、ベトナムM&Aにおける適切な二重帳簿への対応方法を解説していく。
目次
二重帳簿が作成される理由
ベトナム企業が二重帳簿を作成する理由には大きく2つの理由がある。
節税
二重帳簿とは「税務用帳簿(Tax Purpose)」と「内部用帳簿(Internal Purpose)」の2つの帳簿が存在する状態を指す。税務用帳簿は税務当局に対する税務申告にて用いられ、一方で内部用帳簿は社内で正確な損益を把握するために用いられる。税務用帳簿では節税目的のために、利益が過小計上されているケースが多い。具体的には、社長や経営陣が私的利用している設備・車両等を会社が購入したことにしたり、銀行口座の受取利息が会社ではなく個人が受け取ったことになっていたり等のケースが見られる。
損金算入できない費用の記録
ベトナムの商習慣では、円滑なビジネス遂行のためにクライアントの購買担当者に対するキックバックが行われているケースも多い。当然ながらこうした費用は税務用帳簿に記録することはできない。一方で内部では管理のために実際に即した記録が必要となることから、税務用帳簿とは別の内部用帳簿を作成する必要が生じる。キックバックの他には、社長や役員による会社資金の一部流用や、インボイスの購入費用等が、損金算入できない費用として内部用帳簿に記録されている。
二重帳簿の解決方法
M&Aにおいて、買収候補企業が二重帳簿を保有していることが判明した場合の対応方法を下記にて解説していく。
内部用・税務用帳簿の差異分析
まず始めにすべきは、内部用・税務用帳簿の2つでどのような差異が生じているのかを明らかにする必要がある。そのうえで、M&Aのディール全体に大きな影響を与えそうな要素をピックアップし、M&Aのバリュエーションにどのように反映していくべきか、M&A後のPMIにおいてどのように解決を図っていくかの検討が必要となる。
主に差異が発生しやすい項目は以下のものがある。
給与費用
ベトナムでは従業員へ支払われる給与費用に応じて、強制加入の社会保険(健康保険等)の保険金額が決定する。このため、社会保険の支払額を下げるために給与費用を過小に計上しているケースが散見される。わずかな差異であれば大きな影響はないが、差異が大きい場合は会社の損益にも大きな影響を与える可能性がある他、将来的な追徴課税リスクについても考慮に入れる必要がある。
固定資産
会社が有する生産設備、車両等の固定資産についても差異が発生しているケースが多い、これは、会社の固定資産として購入した設備・車両等を実態としてオーナーや社員が私的利用しているケースや、逆にオーナーが自腹で購入した設備・車両が実態として会社運営のために使われているケース等がある。前者の場合は、本来会社の費用とすべきでない金額が費用として計上されているため追徴課税の可能性があるが、後者の場合であれば大きな問題とはならない。ただし、M&Aの買収価格の交渉において、オーナーが自腹を切った分について買収価格に含めることを要求されるケースもある。
現金・預金
M&Aの財務デューデリジェンスで問題となりやすいのは、税務用帳簿に計上された現金・預金の額と、実際の現金・預金額が合わないケースである。この理由として最も多いのは、会社資金をオーナーが私的流用しているケースである。この場合、本来であればオーナーによる会社資金の使用は「役員への貸付金」等で処理するべきである。また貸付金とした場合であっても、オーナーが本当に返済能力を有しているかについても確認が必要であるため、デューデリジェンスの結果を以て、オーナーと交渉する必要がある。
販売費
上述の通り、ベトナムの商習慣としてクライアントの購買担当者に対してキックバックの支払を行っているケースが多い。このキックバック費用は税務用帳簿では計上できないため、内部用帳簿のみに記載されている。追徴課税のリスク等はないが、そもそもM&A後にキックバックの支払をやめた場合に、現状の売上や商圏は維持できるのかについて、ビジネスデューデリジェンスの観点から検討が必要となる。
修正(Reconciliation)帳簿の作成
差異分析によって内部用帳簿と税務用帳簿の差異が洗い出された後、差異分析結果を踏まえた「修正帳簿」が作成される場合がある。これは主にデューデリジェンスの後のバリュエーションのフェーズにて作成されることが多い。基本的には内部用帳簿をベースとして作成され、最終的な買収価格決定の基となることになる。
PMIにおける対応
M&Aが無事に終了した後は、二重帳簿を作成せずに済むような体制を整備する必要がある。具体的には、これまで発生してきた「損金算入できない費用」の削減および会計処理方法の整備、および各担当者に対する周知、会社とオーナーとの間で曖昧になっていた貸付金等の清算等がある。原則、二重帳簿が存在することはコンプライアンス上、また会社管理上望ましくないことであるため、二重帳簿を作成せずに済むような環境整備が重要となる。
最後に
今回はM&Aにおける二重帳簿への対応方法を解説してきた。検討すべき事項は多いものの、そもそもベトナムでビジネスをするにあたって二重帳簿は避けて通れない事実である。そのため、「二重帳簿は悪」と決めつけてしまうよりも、日本の投資家として二重帳簿に対してどのように対応していくかを、買収候補企業やオーナーと前向きに議論していく姿勢が必要とされる。