ベトナム不動産業界におけるM&Aの動向

目次
はじめに
ベトナム不動産市場は中間層拡大と都市化を背景に長期的な成長が期待されるが、近年はコロナ禍や国際情勢の影響で低迷していた。
2024年施行の改正土地法などにより市場環境は改善し、外資参入も進みつつある。
こうした中、M&Aは既存プロジェクトを効率的に取得し、早期参入を可能にする手段として注目されている。
本記事では、ベトナム不動産市場の最新動向とともに、M&Aを活用するメリットや課題について解説する。
ベトナム不動産の市場動向
低迷からの回復フェーズへ
コロナ禍(2020~21年)やウクライナ戦争による世界的な景気低下、国内不動産企業の資金繰り悪化により、2022~23年のベトナム不動産市場は停滞していた。
しかし、2024年から2025年にかけて「改正土地法」「改正不動産事業法」が施行され、土地取引の透明性向上、プロジェクト開発許可の簡素化、外資参入ルールの明確化が進んでいる。
統計的回復の兆し
2024年第4四半期のハノイ・ホーチミンにおける住宅販売は前期比48%増加しており、2025年以降、中間層向け住宅が市場をけん引すると予測されている。
中間層拡大による需要の底上げ
ベトナム統計総局によれば、2025年までに中間層人口は総人口の25~30%に拡
大見込みであり、住宅購入や高品質賃貸住宅への需要が増加している。
不動産のM&A動向
不動産M&Aの存在感
2024年、ベトナムM&A市場全体における不動産分野の割合は約36%に達している。
総取引額は約18億ドル、件数は13件に上り、特に住宅・工業団地・物流施設での大型取引が増えている。
プレイヤーの多様化
CapitaLand、Keppel Landなどのシンガポール系投資家に加え、日系企業も積極参入している。2024年には住友林業・NTT都市開発がビンズオン省で10億ドル規模の都市開発案件を進めるなど、日系の存在感が急上昇中している。
ベトナム不動産業界におけるM&Aのメリット
土地・プロジェクト取得の迅速化
新規開発の場合、許認可取得に2~5年かかることもありますが、M&Aを活用すれば既に許認可を得たプロジェクトや土地を一括取得でき、開発までのリードタイムを大幅に短縮できる。
特に外資系企業にとって、規制クリア済みの案件取得はリスク軽減の意味でも大きな利点となっている。
コスト削減と資金調達の効率化
M&Aにより、プロジェクト初期の土地取得やインフラ整備の費用負担を軽減することができるまた、既に事業実績を持つ現地デベロッパーとの提携により、銀行や投資家からの信用力を高め、資金調達コストを下げることが可能である。
ベトナムでは依然として高金利が続いているため、外資との提携は資本コストを抑える有効策となる。
ローカルネットワーク・販売力の活用
現地企業は販売チャネルや行政とのネットワークを持っており、M&Aを通じてこれらを取り込むことで販売リスクを低減できる。
とくに住宅分譲や賃貸管理では、現地の販売代理店・ブローカーとの連携が成否を分けるといえる。
ブランド力・技術力の相互補完
日系企業にとって、現地大手デベロッパーとの提携はブランドの浸透に直結する。
一方で、現地企業は日系の建築品質・都市開発ノウハウを導入でき、双方にとってWin-Winの関係を構築しやすい分野である。
成長市場へのポートフォリオ拡大
住宅だけでなく、物流施設、工業団地、データセンターといった新分野でもM&Aを通じた市場参入が進んでいる。
中長期的に見れば、経済成長とインフラ需要拡大を背景に、ポートフォリオ分散
が可能となる。
ベトナム不動産業界おけるM&Aの課題・リスク
法制度の不透明さと手続き遅延
改正土地法の施行により改善が進んでいるものの、土地権利証明や用途変更の許可取得には依然時間がかかる。
特に地方政府レベルでは解釈の違いが残り、行政手続きが長期化するケースも多い。
財務リスク・不良債権問題
一部の現地デベロッパーは、過剰な社債発行や銀行借入による資金調達に依存しており、財務基盤が脆弱な企業もある。
過去にはデフォルトや資金ショートが発生した事例もあり、デューデリジェンス時には債務状況やキャッシュフローの精査が不可欠である。
評価額の不確実性
不動産価格は地域による差が大きく、また評価方法が統一されていないため、適正価格の算出が困難である。
売り手と買い手の価格ギャップが交渉長期化や破談の原因になりやすい点は大きな課題となっている。
経営統合・運営の難しさ
M&A成立後、企業文化や経営方針の違いから現地スタッフの離職や運営効率低下が起きるリスクも想定される。
PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)を適切に設計しないと、シナジーが十分に発揮されないまま終わる可能性がある。
政治・マクロ経済リスク
政策変更、金利動向、為替変動などのマクロリスクも依然として存在する。
特に外国投資家は、資金引き上げや利益還流の規制リスクを常に考慮する必要がある。
ベトナム不動産業界の代表的企業
Vingroup(ビングループ)
ベトナム最大のコングロマリット企業の一つで、不動産開発部門のVinhomes(ビンホームズ)を通じて高級住宅・商業施設開発を手がける。
ハノイのVincom Center、ホーチミンのLandmark 81などの超高層ビル開発で知られ、2024年の売上高は約120億ドルに達している。同社は自動車製造から小売まで多角化しており、不動産事業では統合的な都市開発を強みとしている。
Novaland Group(ノバランドグループ)
ホーチミン市を中心に住宅・オフィス・商業施設開発を展開する大手デベロッパー。特に中間層向けの住宅開発に強みを持ち、”Sunrise City”や”The Sun Avenue”などの大規模住宅プロジェクトを成功させている。2024年には約15億ドルの売上を記録し、外資との合弁事業にも積極的で、日系企業とのパートナーシップ構築にも注力している。

ベトナム不動産業界におけるM&A事例
CapitaLandによるAscott Residence Trust買収案件(2023年)
シンガポール系不動産大手のCapitaLandが、ベトナム国内の高級サービスアパートメント運営会社Ascott Residence Trustの株式51%を約2億8000万ドルで取得した。
この買収により、CapitaLandはハノイ・ホーチミンの主要エリアで15物件、約2,500室を一括で取得し、駐在員向け高級賃貸市場でのシェア拡大を実現した。
買収後は同社の運営ノウハウを導入し、稼働率を85%から95%まで向上させている。
住友林業・NTT都市開発によるビンズオン省都市開発案件(2024年)
日系企業による大型M&A案件として、住友林業とNTT都市開発がベトナム現地デベロッパーのBecamex IDCと合弁会社を設立し、総事業費10億ドル規模のスマートシティ開発プロジェクトを開始した。
この案件では、既に開発許可を取得済みの1,200ヘクタールの土地を取得し、工業団地と住宅地を一体化した複合開発を進めている。
日本の環境技術とベトナム企業の許認可ネットワークを活用した成功例として注目されている。
まとめと展望
ベトナム不動産市場は、法改正と経済成長を背景に明確な回復局面へと移行しており、中間層の拡大によって住宅需要は今後も堅調に推移すると考えられる。
不動産分野のM&Aは、土地取得の迅速化や資金調達の効率化、さらには現地企業のネットワークやブランド力を活用できる点で、日系企業にとって魅力的な市場参入手段となり得る。一方で、法制度の運用における不透明さや財務リスク、企業統合後の運営上の課題など克服すべき障壁も存在する。
したがって、現地の専門家との連携を通じて制度面と財務面のリスクを精緻に把握し、適切な準備を整えた上で臨めば、ベトナム不動産市場におけるM&Aは日系企業にとって中長期的な成長を実現する有力な選択肢となるだろう。