ベトナム物流  x M&A ― 注目される背景(輸送量増加・越境EC拡大)

ベトナム物流 x M&A ― 注目される背景(輸送量増加・越境EC拡大)

はじめに 

ベトナムの物流は、製造移転と国内消費、そしてEC拡大(電子商取引)の動きが交差する「需給の最前線」にある。2024年の港湾取扱は8.64億トン(前年比+14%)、コンテナは2,990万TEU(+21%)に達した。いずれもベトナム海事局が公表した見通し・実績で、足元の回復と大型化の進展を示すものだ。 (VnEconomy

一方、EC市場は250億米ドル(+20%)に膨らみ、小売全体の約9%を占める。小口・高頻度・返品前提の物流需要が一斉に立ち上がり、従来のハブ&スポーク(中核拠点から周辺へ配送する方式)だけでは吸収しきれない。 (Bao Chinh Phu

こうした「需要の壁」に対し、時間を買う手段=M&Aが注目される。新バースやモダン倉庫をゼロから整備する緑地投資は時間を要するが、既存プレイヤーの容量(TEU・ヤード面積・NLA〔賃貸可能面積〕)と機能(越境・通関・返品・IT)をまとめて取り込めば、増える出荷件数や返品比率の上昇に伴う処理能力不足に即応できる。 

ベトナム物流の市場動向 

港湾は南部カイメップの深水化で外航メガシップの寄港が常態化し、ゲマリンクは段階的拡張により年300万TEU規模へ。港湾クラスターの集約は、本船スケジュールの安定化とヤード回転の改善につながる。 

ECは成長の重心だ。250億米ドル規模に達したことで、返品処理・通関サイクル・在庫管理がボトルネック化している。とりわけ越境ECでは、マルチチャネルの在庫一元化、保税倉庫の活用、国際小型包装物のリードタイム短縮が差別化要因になった。 

設備投資は地域集中の色彩が濃い。南部はBinh Duong/Long An省でモダン倉庫の新規案件が相次ぎ、北部もBac Ninh/Hung Yen 省に大型ハブが集積する。外資デベロッパーが複数棟×段階供給の計画を実施しており、需給ひっ迫とEC需要を同時に取り込む設計を進めている。 

ベトナム物流のM&A動向 

機能取り込み型: Maerskは2022年に香港の物流企業であるLF Logisticsを買収し、倉庫・フォワーディング機能を取り込むことで、複数の販売チャネルに対応した在庫・出荷の仕組み(オムニチャネル/ECフルフィルメント)と、越境ECを処理する力を、自社ワンストップで提供できる機能を獲得した。 

港湾再編/集約: Viconshipはハイフォンの港湾運営企業であるNam Hai Dinh Vu portの持分を取得し、北部ハイフォンの港の集約を進めることで、コンテナ処理の効率を進めている。 

戦略的少数出資: シンガポールの港湾運営会社であるPSAはベトナム物流企業であるSOTRANSへ出資し、港と陸のつながりに関するノウハウと国内ネットワークを組み合わせ、受注から配送までを一つにつないだEnd-to-end体制(E2E)を強化している。 

ベトナム物流業界のメリット 

容量確保型: : M&Aの本質は容量×機能の即時獲得にある。港湾ではTEU・バース/ヤード容量、倉庫ではNLA、幹線輸送ではラインハウル(都市間などの幹線トラック輸送)/ドライバー網を“時間ゼロ”で取り込め、EC拡大局面における、セールやキャンペーン時の出荷増への耐性そのものを強化できる。 

EC機能獲得型: 越境EC機能を倉庫管理/輸送管理システム・在庫同期・返品プロセス・通関知見ごとパッケージで取り込むことで、OTIF(納期遵守率)を守りつつカートから受取までのリードタイムを一段下げられる。 

顧客アクセス型: 港湾・3PL(サードパーティ物流)・CEP(宅配便)それぞれの契約基盤を取得し顧客アクセスを拡大、クロスセルの余地を広げることで商流面のメリットが生まれる。 

資本効率型: 緑地投資と比べIRR/回収期間(投資収益率/投資回収の目安)の視認性が高く、需給ひっ迫下での事業立ち上げを加速できる。 

ベトナム物流業界の課題・リスク 

・規制・監督強化リスク: 政府はTemuやSHEINのような越境ECプラットフォームに対する監視・監督を強化する可能性があると報じられている。さらに少額輸入に対する付加価値税の優遇(VAT特例)の見直しも議論されており、関税や税務に関する情報は常にアップデートしておく必要がある (Reuters)。 

・PMI/IT統合リスク: 買収した企業のシステムの設計と自社のシステムの統合が思ったように進まず、効率的なソリューション提供の妨げになるリスクがある。統合プロセス・業務フローを先にクリアにし、IT統合をスムースに進める必要がある。 

単価下押しリスク: ラストマイル(最終配送区間)物流は薄利であるため、需要の波に合わせ、コストを最適化するような運行設計が必要となる。 

ベトナム物流の主要企業 

Gemadept(輸送量ドライバー): ゲマリンク港を中核に、深い水深の港と内陸の物流を一体で運用する。年300万TEU体制まで拡張の計画を進めることで、大型船の寄港力を強みに「積み替え(トランシップ)」の需要を取り込む計画。 

ITL/SOTRANS(越境前段): 港湾/ICD(内陸コンテナデポ)/内航/倉庫/国際複合のEnd-to-end体制を構えており、シンガポール系PSAによる出資後は海陸接続のサービス強化を進めている。 

Viettel Post(ECドライバー):速達/ラストマイルで存在感を増すローカル企業。EC需要の波に乗り、返品/再配達の強みを活かしたサービスを提供している。 

ベトナム物流のM&A事例 

PSA→SOTRANS(2023年):目的は海陸接続×国内ネットワークの結節強化。結果として、港湾からICD・内陸輸送までの接続ロスが減り、越境前段のリードタイム分散に寄与。 

Viconship→Nam Hai Dinh Vu(2023年)ハイフォンの貨物処理量を増やし、岸壁とヤードを一体で運用すること。より大きな船への対応や船会社の誘致がしやすくなり、1日あたりのTEUの底上げを狙う。 

Maersk→LF Logistics(2022年):アジアのオムニ/ECフルフィルメントを一括導入し、在庫同期・返品処理・越境通関のKPIを短期で改善。 

おわりに 

本稿では、輸送量の増加越境ECの拡大という二つの流れが、港から倉庫、最後の配達まで「容量」と「機能」のボトルネックを同時に生むこと、そしてM&Aがその時間短縮に有効であることを見てきた。 

越境ECなど物流・通関・倉庫業務などをワンストップで提供するサービスへの需要が高まる中、物流業界でのM&Aはそのような機能をクイックに獲得・運営していくための有効な手段であり、デューデリジェンス(DD)からPMI(統合作業)へとつなげていくビジネス設計が、リターンとスピードを両立させる近道である。ONE-VALUEでは、商流、税務、IT、運営KPIまでを一体で確認し、買収前のシナリオ作りからPMIのサービス基準の設計、クロスセルの事業計画まで、現地の実務に沿って並走している。