ベトナムにおけるコールドチェーン市場のM&A最新動向を徹底解説

目次
ベトナム進出方法としてのM&Aの魅力とは
- 「時間を買う」戦略
M&Aの最大の魅力の一つに、「時間を買う」戦略であることが挙げられる。
ベトナムに駐在員事務所を設立する場合、市場調査や現地のコネクション作りなどを一から進めていく必要があるため、実際に売上を作る活動を開始するまでに、数年単位の時間がかかることも多い。
一方で、現地で既に操業しているベトナム企業とのM&Aを実行することで、会社設立やライセンス取得等の事務手続きを省略することができるのはもちろんのこと、現地企業が保有する既存の顧客基盤を活用することができるため、独資で進出するよりも、大幅に時間を節約することができる。
- 外資規制の回避
ベトナムでは、業種によっては外資企業の出資上限が存在する。 特に輸配送事業においては、過半数の出資が規制されている事業分野も多い。 ベトナム企業とのM&Aや、合弁会社を設立することで、こうした外資規制を回避することができる。
- 「規模の経済」効果
ベトナム企業とのM&Aにより、「規模の経済」の観点からも、様々なメリットを享受できるようになる。
例えば、価格交渉力の向上による購買コストの削減や、システム統合による管理コストの削減、ネットワークの拡大による配送効率化、通関・フォワーディング事業の取り込みによる事業の拡大、国内需要の変動による経済リスクの分散等、メリットは多岐に渡る。
また、こうした「規模の経済」の効果を最大化させるためには、事前のシナジー効果の分析や、M&A実行後のPMI(Post Merger Integratio)の緻密な策定が不可欠となる。
なぜ今ベトナムのコールドチェーンか
- 市場規模の推移
ベトナムの冷蔵冷凍倉庫市場の売上規模は、2019 年から 2024 年にかけて年平均12%の平均成長率で成長すると予想されており、世界平均の 8% を大きく上回っている。
他の世界各国と比較しても、冷蔵冷凍倉庫の普及率はまだ低く、今後の成長余地は大きいといえる。
- インフラ・物流における課題
ベトナムは東南アジア諸国の平均と比較して、生鮮食品の食品ロス率が高く、冷蔵冷凍倉庫を代表とするコールドチェーン物流の整備が喫緊の課題となっている。 2018年時点において、ベトナムでは生産された食品の4分の1が加工工場や配送センターに到着する前に廃棄されているというデータもある。
合計損失は880万トン、39億米ドルと推定されており、これはベトナムのGDPの2%、ベトナムの農業GDPの12%に相当する。 こうした課題に対して、日本企業の効率的な事業ノウハウを活かすことで、食品ロス削減が期待されるとともに、SDGsへの貢献という社会的価値も実現することができる。
- ベトナム物流事業者の特徴
ベトナムの食品ロスに大きな影響を与えているのが、複雑な流通構造である。 小規模な卸売り事業者がサプライチェーンの中に多数存在しており、適切な温度管理は基本的に行われていないことが多い。
コールドチェーン業界全体として、未成熟な部分が大きいため、日本企業が関与をしていくことで、業界全体の質の向上を実現することができる。
コールドチェーン業界における代表的なM&A事例
- 名糖運輸と現地物流企業による合弁会社の設立
2014年、日本の食品物流企業である名糖運輸と、ベトナム現地の物流企業「Toda Industries Corporation」が、両社50%の折半出資で、「メイトウベトナム」を設立し、ベトナム南部ビンズオン省で冷凍冷蔵倉庫の運営を開始した。
その後、2017年末には第2倉庫を稼働させ、収容能力を大幅に拡大し、保管トン数は約2万トン、設備トン数は4万4,000トンに達し、保管・配送を一体化したサービス提供体制を構築した。 さらに、2024年3月には、ホーチミン市西部のロンアン省タンドゥック工業団地内で、同国3棟目の低温倉庫の稼働を開始している。
この事例は、日系企業がベトナムのコールドチェーン市場に本格的に参入し、急速に事業を拡大させている好例といえる。
- 双日とコクブグループ、現地物流企業による合弁会社の設立
2016年、総合商社の双日は、食品卸売のコクブグループ、ベトナムの物流大手ニューランドとともに、「ニューランドベトナムジャパン」(NLVJ)を設立し、2017年初からベトナムでの低温物流事業に参入した。
ホーチミン市近郊で4温度帯センターを運営し、稼働率は約7割と堅調な推移を見せている。また、本事業の特徴は、卸、小売、製造など一連の事業を物流で下支えし、食のバリューチェーンを構築している点であるといえる。
さらに、2023年7月には、双日とコクブグループが共同で、ニューランドベトナムジャパンロンアン(NLVJ LA)を設立した。
NLVJ LAの新倉庫は、NVLJの倉庫の約3倍規模の4温度帯センターとなり、トラックの輸送機能を保有することで、食品保管から配送まで一貫した温度管理を可能とする近代的な低温物流サービスを提供している。
ベトナムの物流領域における主な外資規制
ベトナムでは、業種により外資規制が存在するため、進出に際しては、事前に規制の内容を確認することが必須である。 ここでは、コールドチェーン市場に関連する倉庫保管事業及び、輸配送事業に関連する主要な外資規制について、紹介する。
- 倉庫保管事業
ベトナムにおいて、冷凍冷蔵を含む倉庫事業を営む場合、外国人投資家は最大100%まで出資が可能である。ただし、医薬品等の規制対象分野の製品を取り扱う場合は、その分野の規制も確認する必要がある。
- 輸配送関連事業
輸配送事業に関連する主な外資規制は以下の通りである。
倉庫保管事業とは異なり、外資の出資上限が定められている事業が多いことが特徴である。
- 海運サービスに属する貨物運送サービス(国内運送を除く):外資出資上限49%
- あらゆる運送方式の補助サービスに属するコンテナ積み降ろしサービス(空港で提供されるサービスを除く):外資出資上限50%
- 内陸水路運送サービスに属する貨物運送サービス:外資出資上限49%
- 鉄道運送サービスに属する貨物運送サービス:外資出資上限49%
- 道路運送サービスに属する貨物運送サービス:外資出資上限51%、事業協力契約可(運転手は100%ベトナム国民であること)
上記の通り、特に輸配送関連事業においては、外資出資の上限規制が存在するが、必ずしも外資企業が経営の主導権を握ることができないわけではない。
出資のスキームを工夫することで、例え日本企業が過半数を出資していなくても、実質的な経営権を掌握することも可能である。
ベトナムの主なコールドチェーン企業
コールドチェーン代表企業例 ABA Cooltrans
- 会社名:ABA Business Solutions Corporation (ABA Cooltrans)
- 設立:2008年
- 本社:ホーチミン市
- ホームページ:https://aba.com.vn/
- 会社概要:
ABA Cooltrans(ABA)は、ロジスティクスおよび低温物流サービスの分野でベトナムを代表する企業である。 CEL Vietnamの調査によると、ABAは冷蔵運送の分野で12%の市場シェアを持ち、冷凍倉庫の分野で第3位の大手だと評価されている。
ABA Cooltrans(ABA)は、15,000パレットの冷凍庫と2500m2の冷蔵倉庫を含む17ヶ所の倉庫をベトナム全国に所有している。 また、冷運送の分野としては、ABAは冷凍品の運送専用トラック(0~‐22度)が300台以上、冷蔵車が1000台以上(関連会社の車両も含む)を操業している。
ベトナムのコールドチェーン業界におけるM&Aの課題
ベトナムのコールドチェーン業界は、急速に成長する経済と消費市場の拡大に伴い、非常に高いポテンシャルを持っていることは明らかである。
一方で、M&Aを実行する際には、パートナーとなる企業の選定が非常に重要であり、優れた企業と提携できるかどうかが、その後の事業運営に大きな影響を与えることになる。
ここでは、特にコールドチェーン業界におけるM&Aで課題となりやすいポイントを紹介する。
- 好立地案件の発掘
例えば、ベトナム現地で倉庫を構える際には、荷物を調達する拠点となる工業団地や倉庫、輸配送のための道路・空路・海路のアクセスが重要な要素となるが、こうした条件を兼ね備えた好立地の案件が売りに出されていることは多くない。
いかに好立地の案件を見つけることができるかが、M&Aの成否を分ける大きな分岐点となる。
- 荷主の継続的な獲得
コールドチェーン業界におけるM&Aにおいては、既存顧客の獲得が大きなメリットとなる一方で、当然のことながら、全ての企業が荷主と安定的な関係を築いているわけではない。また、M&Aによる顧客離れのリスクも生じる。そのため、既存の荷主と継続的な関係を築けているか、どのように荷主基盤を維持しているかを、事前に精査することが欠かせない。
- 倉庫や車両の質
ベトナムのコールドチェーン業界では、中小規模の事業者が多いため、倉庫や運送車両の質が必ずしも良くないことも多い。したがって、M&Aの検討に際しては、現地に訪問し、自分の目で現物を確かめることが重要となる。
上記の他にも、頻繁な法規制の変更や、ベトナム企業のコンプライアンス意識など、日本とは事情が大きく異なる海外企業とM&Aを実行する際には、多くのリスクが存在する。
そのため、M&Aを成功させ、その効果を最大限引き出すためには、現地市場の特徴や規制を正確に理解し、適切に対応することが重要なため、必要に応じて現地の状況に詳しい専門家のサポートを活用することが有効である。