なぜM&Aなのか?――時間を買い、成長を加速させる戦略的選択

目次
はじめに
国内市場の成熟化が進む日本企業にとって、いかに新たな成長戦略を描くかは喫緊の課題である。新規事業開発や海外市場進出は重要であるものの、その実現には時間とコストがかかる。こうした中、「時間を買う」手段としてのM&A が改めて注目されている。
本稿では、M&Aの背景とメリットを解説し、日本企業の具体的な事例を紹介しながら、なぜ今M&Aを検討すべきなのかを明らかにする。
M&Aが注目される背景
世界的に事業環境の変化が加速している。デジタル技術の進展、脱炭素シフト、地政学リスクなどにより、企業は従来以上に迅速な対応を迫られている。
実際、2025年上半期の日本企業によるM&A件数は約2,500件、取引額は20兆円を超え、過去最高を記録した(出典:https://www.recof.co.jp/crossborder/jp/market_information/)。背景には、事業承継問題、為替動向、海外成長市場へのアクセス需要がある。M&Aは単なる資本取引ではなく、**成長戦略を加速させる「経営の手段」**としての位置づけを強めている。
M&Aを検討すべき3つの理由
1. 時間を買う
M&A最大の利点は「時間を買う」ことにある。自社で新規市場に参入しようとすれば、拠点構築、規制対応、販路開拓、人材採用などに長期間を要する。M&Aによって既に確立された基盤を取得すれば、数年、場合によっては十年以上の時間を短縮できる。
2. 成長産業へのアクセス
新興市場や成長分野において、自社の内製力だけでは参入が難しい領域が多い。IT、再生可能エネルギー、ライフサイエンスなどはその代表例である。M&Aにより、これら分野のノウハウ・人材・顧客基盤を獲得することで、自社の成長曲線を一気に引き上げることが可能になる。
3. リスク分散とシナジー創出
M&Aはリスクヘッジの観点からも有効である。国内依存から脱却し、海外事業や新分野への展開を通じて収益源を多角化する。また、既存事業と買収先事業の補完関係により、規模拡大やシナジー効果を創出することができる。
日本企業による具体的事例
1. 三菱商事:水産養殖事業の即時参入
三菱商事は、ノルウェーやカナダで大規模なサーモン養殖会社を買収し、世界有数の養殖事業者となった。もし自前で水産養殖を立ち上げれば、漁場の確保、技術習得、市場開拓に数十年を要したであろう。しかしM&Aにより、三菱商事は即座に養殖・販売の基盤を得て、成長市場に飛び込むことができた。まさに「時間を買う」典型的な事例である。
2. 日本生命:海外保険基盤の一括取得
日本生命は2024年、英国の「Resolution Life」を約106億ドルで完全子会社化した。同社は欧州・豪州などで保険事業を展開しており、日本生命はこの買収を通じて一気に海外ネットワークを獲得した。新たに海外で保険免許を取得し、販売網を構築するには長年を要するが、このM&Aにより日本生命は即座に国際的な成長基盤を手中に収めた。
3. 積水ハウス:米住宅市場シェアの獲得
積水ハウスは近年、米国の住宅メーカーを次々と買収し、2025年には全米で第5位の住宅供給事業者となった。米国市場にゼロから進出すれば数十年を要するシェアを、M&Aを通じて短期間で達成した。買収により土地、人材、販売チャネルを即座に得たことで、米国事業の成長曲線を劇的に前倒しした形である。
M&A成功のために必要な視点
M&Aは万能ではない。買収を成功させるためには以下の視点が不可欠である。
・デューデリジェンスの徹底:財務・法務リスクを正確に把握すること。
・PMI(Post Merger Integration)の設計:買収後の統合プロセスを事前に設計し、文化摩擦を抑える。
・自社戦略との整合性:単なる拡大ではなく、自社の中期戦略と合致するかを吟味すること。
M&A実行がゴールではなく、M&A実行までの過程、実行後の過程までトータルで設計することが、M&Aを成功に導くために必要である。
課題・リスク
M&Aには当然ながらリスクも伴う。文化や経営手法の違いによる摩擦、短期的な収益改善への過度な期待、パートナー選定の失敗などである。規制環境の変化も見逃せないリスク要因である。これらを回避するには、専門家の活用と入念な準備が欠かせない。
さいごに
「なぜM&Aなのか?」その答えは明確である。M&Aは企業にとって、時間を買い、成長を加速させる最も現実的な手段だからである。三菱商事、日本生命、積水ハウスといった具体的事例が示すように、M&Aは短期間で基盤を築き、成長市場に飛び込む力を与える。
成熟市場で伸び悩む日本企業にとって、M&Aはもはや選択肢の一つではなく、未来を切り拓くための重要な戦略的選択肢である。